東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11232号 判決 1980年7月29日
原告 千葉勝夫
右訴訟代理人弁護士 田宮甫
同 堤義成
同 斎喜要
同 浜崎正己
同 坂口公一
被告 株式会社野生司建築設計事務所
右代表者代表取締役 緑川正夫
右訴訟代理人弁護士 笠井治
主文
被告は、原告に対し原告が被告の取締役を辞任した旨の変更登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
《省略》
理由
一 《証拠省略》によれば、原告が昭和五〇年九月二六日被告会社の取締役に就任したこと、原告は、昭和三五年五月被告会社に入社し、設計主任、設計課長、設計部長、設計室次長、設計室長を経て昭和四三年一〇月ころから取締役の地位にあったが、昭和四六年ころから数回に亘り被告会社の野生司社長(昭和五一年九月以降会長)、緑川正夫副社長(昭和五一年九月以降社長)に辞意を表明し、その都度慰留されていたところ、昭和五二年六月国立大学の校舎の設計、酒田市大火後の都市計画受注の営業活動が一段落したのを機会に、同月下旬頃被告会社のサンショウビル会議室において緑川社長に取締役辞任の意思を述べ、同社長はこれを承認したこと、そこで原告は、同年七月二一日ころ取締役の一人を介し被告会社に辞任届を提出し、緑川社長は、翌二二日一ッ橋の如水会館で開催された被告会社の役員会において原告の辞任届を預かった旨説明したこと、被告会社は、原告が同年七月二三日付で被告会社を依頼退職した旨の離職表を出したことが認められ、以上によれば、原告は、被告会社の代表取締役におそくとも昭和五二年七月二二日に辞職の意思表示をしたことが認められる。(なお、《証拠省略》によれば、被告会社は、昭和五二年七月一六日開催の株主総会において会社解散決議と清算人に緑川正夫を選任することの決議をしたことが認められるから、原告が取締役辞任の意思表示をした昭和五二年七月二二日当時原告は取締役の地位になく、かつ緑川正夫も代表取締役の地位にはなかったが、同書証によれば、右決議についてその後東京地方裁判所において決議不存在確認判決があり、右判決は昭和五三年四月一四日確定したことが認められるので、原告の辞任の意思表示は適法になされたものと認められる。)
二 しかるところ、株式会社における会社と取締役との間の関係は、委任に関する規定に従い(商法一五四条三項)、委任は、各当事者において何時でもこれを解除することができる(民法六五一条一項)から、取締役はその事由の如何にかかわらず、何時でも会社を辞任することができるので、原告は、被告会社の取締役を昭和五二年七月二二日辞任したものと認められる。
三 被告は、取締役の辞任が会社に対する忠実義務に反するか又はこれから逃避するものである場合には、その辞任は信義則に反するので無効である旨主張するのであるが、取締役が会社に対し負う忠実義務は、取締役がその職務を遂行するうえでの取締役の義務をさすものと解され、取締役がその職務を辞任し得るか否かとはおのずから異なるものといわねばならず、株式会社にあっては、会社の側も何時でも株主総会の決議をもって取締役を解任することができること(商法二五七条一項本文)、取締役が会社のために不利な時期に取締役を辞任したときはその損害を賠償する必要があること(民法六五一条二項)と対比しても、取締役は、その事由の如何にかかわらず、何時でも会社を辞任し得るものと解するのが相当である。
四 以上によれば、被告会社は、原告のため取締役辞任による変更登記手続をすべきであるから、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 木下重康)